2007/11/30

11月末日、快晴

数日間、快晴の日が続きました。明日から12月。いよいよ寒くなるようです。




朱鷺メッセ11階からの眺望です。

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昼に「三条背脂ラーメン」を食べたらお腹の具合が悪くなりました。油がいけなかったのでしょうか。本家本元の杭州飯店は平気だったのに。

2007/11/25

めがね

観ちゃいました、「めがね」。ちょうど新潟で公開中だったので。

フィンランドの次は南の海辺。小林聡美と もたいまさこ のコンビは相変わらず強力です。

映画ではいつも風が吹いています。宿屋、砂浜、畑の中の道路。どの場面でも、草木や髪や服が揺れています。気持ちよさそう。

ミニツーリング

本日は見事な晴天。晩秋の新潟では奇跡的です。

Yさん、駅前のバーGのマスター、それにわたくしの三人でミニツーリングを敢行しました。コースはいつもの海岸沿い。暖かな日差しの中、数十キロほどの気楽な走りはじつに爽快でした。

自転車のシーズンはおしまい、などと言いながら、三連休は三日間とも走ることができました。さて、来週は?

2007/11/24

映画二題

雨の休日に映画のDVDを二つ観ました。

「かもめ食堂」(荻上直子監督、2006年)

小林聡美と もたいまさこ が出てくると、それだけでテレビドラマの「やっぱり猫が好き」や「すいか」を思い出してしまいます(「やっぱり猫が好き」は観たことがないのですが(笑))。同じスタッフによる新作の「めがね」も観たくなってしまいました。

「ブロークバックマウンテン」(アン・リー監督、2005年)

美しくも厳しい雄大な自然と、激しい感情に突き動かされる人間。真摯な作りだけど、魂を揺るがすほどではないかな。

二つとも、丁寧で深みのある撮影が印象に残ります。同じ場面のはずなのに、本編に対してメーキング取材の映像が平板に見えるところが、映画の魔術であります。

ヘリQ



チョロQならぬヘリQ。新潟ロフトで見かけて、ついつい購入してしまいました。

コントロールは基本的にホバリングと左右回転のみ。1円玉(約1グラム)を脚部に挟んで前傾させると前進できるようです。しかし、まずホバリングさせるだけでも難儀です。すぐに天井や家具に激突してころころと転がります。

飛行機にヘリコプター。かつて、空中を飛ばすラジコンは子供には高嶺の花でした。今や、オモチャ然とした代物が立派に空中に浮揚します。携帯電話よりも、薄型テレビよりも、技術の大衆化(commodity化)を実感します。

2007/11/23

冬の空

二週間ぶりに自転車で角田浜まで往復しました。ぎりぎり雨が降らない空模様です。

往路は強い向かい風。なかなか前に進まず、何度か家に戻ろうと思いました。その上、冷たい風が顔に当たってハナが出てきます。数週間前には多く見かけた自転車乗りの姿は、一人もなし。冬です。湯沢のスキー場は初滑りだったと報じられていました。自転車のシーズンはそろそろ終わりです。



大貫妙子の最初のソロアルバム「グレイ・スカイズ」(1976年)を思い出す光景です。

2007/11/18

那須から新潟へ



出張先の東京から、新幹線で那須塩原市の家人の実家に移動。そこからクルマで新潟に戻ってきました。

那須高原は快晴で、真っ盛りの紅葉が秋の日差しに照り映えていました。

磐越自動車道に入る頃から雨が降り出し、磐梯でみぞれに変わりました。タイヤがずるっと滑って肝を冷やしながら、ゆるゆると走行。いったん会津若松で雲が切れたほかは、西会津から新潟までずっと雨の中を走りました。

戻ってきた新潟はどんよりとした雲と冷たい雨、そして強い風。いよいよ冬を向えています。

2007/11/17

上海のおみやげ



上海に行ってきた人のおみやげです。60元(約900円)のおみやげです。はい。

2007/11/16

赤ヘルカップ



広島から来た人のおみやげです。先日、山古志でカープワールドに出会ったご縁でしょうか。ブランド名は「亀齢(キレイ)」。

新潟には「鶴齢(カクレイ)」という日本酒があります。

前日も飲んでいて、16日はちょいと二日酔いでした。頭の中でぐるぐる鳴り響いていたのは、スピッツの「さざなみCD」。印象的なメロディの曲が多いのであります。

2007/11/11

白虎隊とさざえ堂

翌日は会津若松です。

時間の都合で、観光は白虎隊自刃の地、飯森山のみ。

飯森山は、会津の人々が崇敬する聖地かと思えばさにあらず。徹頭徹尾、観光スポットでありました。それも、かなりオールドファッションの。参道近くの駐車場に入ったところから「駐車場代はタダだけど、このみやげ物屋で買い物して、ハンコ押してきてくれ」といわれるありさま。

みやげ物屋街を通り抜け、有料のエスカレータを使わずに歩いて参道を登ると、山上の広場では演歌調の曲に合わせてサムライ装束の女性が白虎隊の踊りを舞っています。

こうした卑俗な観光地ぶりはなかなかに味わいが深い。

広場には、1930年代にドイツ人やローマ市から贈呈された記念碑があります。その後、日独伊三国同盟を結んだ国々ですな。白虎隊の散華の美学が顕彰されるのって、あやういものがあります。十五歳の少年たちが集団自殺したのはどこかおかしい。おそらく大人が悪い。会津と同じく賊軍だった長岡藩には「米百俵」のエピソードがあります。美談としては、こちらの方がスジがいいように思います。

などと考えながら、広場からほど近い「さざえ堂」に移動。



白虎隊にさかのぼること百数十年前に建造された木造の建物は、「さざえ」のように螺旋状のスロープを登っていきます。ところが、頂上で折り返すと、登りとは別のスロープで下ります。螺旋状スロープが二重構造になっているわけです。

戦乱を経ても、こんな不思議な建造物が残っていることに驚きます。

それから、フランス人と家人は那須塩原市の家人の実家へ移動。わたくしは、磐越西線で3時間かけて新潟に戻りました。

2007/11/10

フランス人と会津の民宿


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8月にパリでお世話になったフランス人が来日しました。昔、泊まった民宿が会津付近にあるとのこと。新潟から磐越自動車道で東に向かいました。

到着した民宿は阿賀川の漕艇場(ボート競技場)の目の前。ハイシーズンは合宿の高校生を40人くらい泊めるそうです。娘さんも高校の頃、チームが国体で優勝したとか。四世代の家族の中でお茶を飲みながらそんな話を聞きました。オープンな家です。

夕食まで時間があるので喜多方の街中に向かいました。黄色や赤の木々の中を通り抜けていきます。

喜多方でたまたま入った蔵造りの喫茶店の正面が小原酒造という蔵元。「蔵粋」で「くらしっく」と読ませるセンスはともかく、試飲の説明は丁寧でした。火入れの有無や回数で味が変わることを確認するうちに、すっかりいい気持ちになり、四号瓶の純米酒を購入。それから、醸造場を見学し、民宿に戻りました。もちろん、クルマの運転は家人に譲っています。

夕食を民宿のご主人といただき、それからご主人の案内で近隣の飲み屋に移動。なかなかディープなところでありました。フランス人も面白かったようです。

2007/11/04

佐渡を見晴るかす


四ツ郷屋浜です。遠くの大佐渡までくっきり見えました。

2007/11/03

山古志から福山新田へ

旧山古志村を訪れました。3年前の地震から復旧・復興が進んでいます。


山古志はニシキゴイの生産地です。昼食で立ち寄った料理屋さんの裏手にも養鯉場がありました。「ようこそ、カープワールドへ」という看板がお茶目です。オヤジさんに「広島ファンですか?」と聞いたら、「いいや」というお応え。


ニシキゴイの稚魚。


芋川が山崩れで堰き止められて水没した地域は、復興住宅が完成した後も元の家屋が残されていました。


山古志から十数キロ離れた福山新田という地区です。麓からクルマで30分。山の上の平地にはゆったりした時間が流れていました。