2008/02/26

2月26日

今年もやってまいりました。「死児の齢を数える」とは詮無きことのたとえです。それでも数えてしまうのですね。ほんとうに詮無きことであります。

2008/02/24

「百年恋歌」(侯 孝賢 監督、2005年・台湾)

見事な映画っぷりでした。侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)らしいゆったりした濃密な時間と空間に浸れます。

百年恋歌 - goo 映画

1966年、兵役を控えた若者が、高雄のビリヤード場で働く女性と出会った。恋に落ちた彼は、休暇中にそのビリヤード場に戻ってくるが、彼女の姿はない。若者は彼女を探しにバスに乗る。1911年、遊郭に通う若い外交官と芸妓の間に流れる穏やかな想い。しかしその恋が実ることはなかった。2005年、カメラマンと歌手の出会い。惹かれあう二人だが、それぞれに恋人がいた。
いずれも、スー・チーとチャン・チェンが恋する二人を演じています。

3つの挿話ともほとんどの場面が室内で展開されます。1966年篇は小さな撞球場。1911年篇は遊郭(文化サロンのような)の小部屋。2005年篇は薄暗いアパートやクラブ。どの場面でもカメラはゆっくりと動き、人物を追うときもあれば、追わずに不在の空間を見せるときもあります。狭い室内を濃密な小宇宙に仕立て上げています。

1911年篇はサイレント(無声映画)で作られすばらしい格調の高さ。2005年篇は冷え冷えとした雰囲気。それに対して、最初の1966年篇は幸福感にあふれています。監督自身のこの時代へのノスタルジーが込められているのでしょう。ノスタルジーとは二度と取り戻せないものへの灼けるような強い思いです。アンドレイ・タルコフスキーには「ノスタルジア」(1983年)という作品がありました。

チャン・チェンは端正なたたずまい。セリフの少ない(セリフで物語が駆動されることのない)ホウ・シャオシェンのスタイルにぴったりはまっています。「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 」(エドワード・ヤン監督、1991年)の少年も立派な大人になりました。

スー・チーは1966年篇ではちょいとトウがたっているものの、1911年篇では見事な優雅さです。

1966年篇では男女は最後にためらいがちに手を触れます。1911年篇では女が男の髪(弁髪)を丁寧に梳いています。2005年篇の激しく求め合う場面より、この二つの場面からはより深い強い思いが伝わってきました。

2008/02/23

「水曜日は大忙し!」(パスカル・トマ監督、2001年・仏)

水曜日は大忙し!」は、フランスの地方都市が舞台。小学校の休日(水曜日)に大人と子供たちが遭遇するたくさんのできごとを描いた、愛すべき作品です。

登場するのは、ギャンブル好きの中年男とその娘、警察署長、臨月で出張中のその妻、河に舟を出す子供たち、迷子になった3歳児を預かる子供たち、娘と麻薬中毒の母、子供たちの親たち、などなど数え切れないほど。登場人物たちが繰り広げるエピソードもてんこ盛りです。

エピソードは、楽しいもの、可笑しいもの、苦いもの、悲しいもの、と悲喜こもごもです。それでも映画全体に大らかさと明るさが感じられるのは、子供たちのこぼれるような笑顔のおかげでしょう。子供たちの姿はとても生き生きと捉えられています。

とはいえ、この映画も本当の子供が見たら不自然に思うかもしれません。自分が子供の頃、映画やテレビドラマに登場する子供はどこか不自然に思えたものです。それは、外国映画に登場する日本人が、日本人から見て不自然なのと同じこと(「硫黄島からの手紙」は例外中の例外)。大人と子供は異国人同士、あるいは異星人同士なのです。

子供が登場する映画で、子供が見ても不自然に思わないであろうもの。一つだけ思いつくのはジャン・ヴィゴの「新学期・操行ゼロ」(1933年・仏)です。寄宿舎の生徒たちが大人たちに対して決起し、枕の羽根を散らして騒ぐシーンの高揚感は観てから20年以上たっても鮮明に記憶しています。

そうそう、「水曜日は大忙し!」の舞台となった地方都市は、フランス西部ロワール川河口に位置するナントです。去年5泊したところで、見覚えのある風景がいくつも登場しました。「ご当地映画」というところがこの映画に好印象をもった原因の一つですね。

2008/02/21

平鍋健児さんの講演

平鍋健児さんの講演を聞いてきました。

仕事の質を高めるには技術とプロセスだけでなく、人のやる気が重要。3時間近くのお話は、まさにこの一点を力強く訴えるものでした。題材はソフトウェア開発ですが、すべてのグループワークに通じます。

メンバーのやる気を引き出せば、仕事の質が高まるだけでなく、メンバーのQoEL(Quality of Engineer Life)も高まります。講演では、それを実践した事例を数多く紹介。お話には体験で鍛えられた強い説得力がありました。

一点だけ気になったのは、メンバーの資質の問題です。もちろん、それはプロジェクト開始以前の人材配置のマネジメントに関わり、ファシリテーションとは領域が違いますが。

なお、平鍋さんが講演で使った資料はここに登録されていています。この資料も力強い。でも、目の前で喋るご本人はその何倍もの力を放っていました

とくに印象的なスライドを引用しておきます。



自ら気づき、行動することを、価値とする文化。
創っていきたいものです。

2008/02/16

雪でクルマが故障

水曜日、家人が一人で運転中にクルマが故障しました。症状は、エンジンからの異音、回転不調、そして、エンストです。

たまたまディーラーの近くだったので、再始動して何とかたどり着きました。修理に時間のかかる症状とのお見立てです。ところが、このディーラー、代車は用意できないとの一点張りで、さらには歩いて帰ってくれと言う始末。満タンの灯油缶3つを見せてなんとか家に送ってもらったそうです。

翌日、ディーラーからもらった報告はにわかには信じがたい内容。

  • エンジンルームに吹き込んだ雪がタイミングベルトで凍結した
  • そのままエンジンを始動したのでタイミングベルトがずれ、バルブの開閉タイミングがおかしくなった
  • 東北地方では同じ事例が何件か発生
  • 状態によってはエンジンヘッドを分解してバルブを交換する必要がある。その場合、修理費は20万円程度かかる
今日ふたたび連絡があり、タイミングベルトの調整だけでことなきを得ました。修理代金は38,745円なり。早く直ったことと、覚悟していた金額より小さかったことで、まずは一安心。

対策を聞きました。駐車する向きを反対にする、ボンネットにシートをかける、だそうです。それにしても、送電線がショートして大停電が発生した2年前に比べたら、今年の雪や風はものの数に入りません。解せない!

2008/02/15

浅草橋めぐり

しょっぺ店好きのTさんに連れていかれたのは、浅草橋の「ちゃんこ成山」。


ここはしょっぺ店どころか立派な料理屋です。4種類のちゃんこから味噌ちゃんこを選択。濃厚な味わいでした。ときおり聞こえてくるご店主(二代目)の声がお相撲さんそのものなのがご愛敬。ごっつぁんです。

しょっぺ店も欠かせません。二軒目に向かったのは「西口やきとん」。


立ち飲みです。


メニューのほとんどはワンコイン。立ち飲み屋の鑑です。

新潟〜福島〜山形

福島と山形に出張してきました。



今回の移動はすべて新幹線を使いました(前回の山形出張は米坂線経由)。雪が降って在来線のダイヤが乱れていたからです。

こうして地図を見ると、山形から大宮を経由して新潟に戻る経路がとんでもない遠回りだということが実感されます。ところが、鉄道ではこれが最速ルートなのです。

新潟から東京へは2時間。新潟から山形へは4時間以上。東京に比べて距離の近い山形のなんと遠いことか。

明治維新のとき新潟県内の多くの藩は奥羽列藩同盟に参加しました。東北地方が地理的にも心理的にも近かったことが想像できます。百数十年を経て両者の心理的な距離は大きくなりました。新潟県が道州制で東北ブロックに入るだろうという人はあまりいません。

ちなみに、電気は東北電力です。

2008/02/11

ご近所

ご近所です。新築のアパートやマンションより、ちょっとくたびれているものが面白いですね。



2008/02/09

とんかつ目黒とんき

「とんかつ とんき」といえば、東京の目黒にあるトンカツの名店です。


これは先月、上京して近くを通りかかったときに撮ったもの。立派な看板です。

そして、新潟の住居の近所にも「とんかつ目黒とんき」という名前のトンカツ屋があります。


建物に看板はなく、店の名前はこの電飾のみ。くたびれていますね。

土曜の昼の店内には、年の頃八十に近づこうという枯れた雰囲気のおじいさんが一人。メガネが斜めになっていていい味を出しています。

私がカツ定食(ロース)、家人がヒレカツ定食をオーダー。カツを食べながら、おじいさんに東京のとんきのことを尋ねると、切れ目なく話が始まりました。

  • 昭和36年から45年まで東京のとんきにいて、昭和45年に新潟に戻ってきた
  • 東京のとんきのお上さんはもう90を越えていて元気と聞いている
  • とんきのご主人は新潟中之口村の出身
  • 新潟市役所の近くにも「とんかつ とんき」があってそこは父方
  • 中之口村出身の有名人というと東映の創業者の大川博に相撲の羽黒山
  • 東映に見学にいったときは若い頃の梅宮辰夫や中原ひとみがいて一緒に写真を撮った
  • この頃三連休が増えてお客さんが減って困っている

ちなみに、カツはなかなか美味でした。さすが目黒とんき仕込み。

冷えた晴天

晴れ。道中、何人か自転車乗りとすれ違いました。







海岸から自宅までは曇り。寒くて体が暖まりませんでした。

2008/02/08

ジュンク堂社長の講演

ジュンク堂の工藤恭孝社長の講演を聞いてきました。

工藤社長のお話は読んだことがありました。
 NBonline: 連載1回目 (連載一覧)

それでもご本人から直接聞くお話は滅法面白い。

いっぱんに創業社長(工藤さんの場合は実際は二代目)の話は面白いものです。成功も失敗もすべて自分で引き受けている人ならではの重みがあります。それに対してサラリーマンの話には甘さや逃げが感じられることが多い。もちろん、これは自分も例外ではありませんが。

工藤社長のお話の素晴らしいところは、成功の自慢話ではなく失敗談が多いこと。飄々とした語り口に微苦笑しながらついつい引き込まれてしまいます。

そして最後は、阪神大震災から二週間後に神戸三宮店を再開したエピソードです。震災で破壊された町に人影はない。それでも再開したジュンク堂にはつぎつぎとお客さんが詰めかけて、店員に「ありがとう」と声をかけたそうです。

「人に必要とされる仕事」

じつに単純なフレーズに心を打たれました。いままで自分は人に必要とされる仕事をしてきたか。これからしていくのか。などと柄にもなく思いを巡らせた次第。

2008/02/03

THE BIG SWITCHを読了

電力とコンピューティング・パワーの違いは後半の最初に軽く触れられました。それよりも、後半は「ワールド・ワイド・コンピュータ」の負の側面に記述の重点が置かれます。

  • 一般人が無償の技芸を競って公開し、専門技能を生業とする中間層が破壊される。
  • 場を提供する者が富を集め、無数の人々がそこに無償の作品を提供する。この構図は、地主が農地を提供し、そこで小作農がせっせと小作するようなものではないか。
  • ネット上の意見は多様化せず、むしろ意見の対立を深く先鋭化させる。
  • Googleの究極の目標は人工知能。それはコンピュータが人間のように考えるのではなく、人間がコンピュータのように考えるようになることではないか。

などなど。刺激的な論点がいっぱいです。

2008/02/02

「やわらかい手」

やわらかい手("Irina Palm")」(サム・ガルバルスキ監督)を観ました。

Irina Palm

伝説の歌姫マリアンヌ・フェイスフルの主演作。その堂々とした姿(体重も)が見物です。1960年代の可憐なお姿はYoutubeでどうぞ。

そういえば、ジャックスの代表曲は「サルビアの花」と「マリアンヌ」(1968年)。関係はないようですが。