時間の都合で、観光は白虎隊自刃の地、飯森山のみ。
飯森山は、会津の人々が崇敬する聖地かと思えばさにあらず。徹頭徹尾、観光スポットでありました。それも、かなりオールドファッションの。参道近くの駐車場に入ったところから「駐車場代はタダだけど、このみやげ物屋で買い物して、ハンコ押してきてくれ」といわれるありさま。
みやげ物屋街を通り抜け、有料のエスカレータを使わずに歩いて参道を登ると、山上の広場では演歌調の曲に合わせてサムライ装束の女性が白虎隊の踊りを舞っています。
こうした卑俗な観光地ぶりはなかなかに味わいが深い。
広場には、1930年代にドイツ人やローマ市から贈呈された記念碑があります。その後、日独伊三国同盟を結んだ国々ですな。白虎隊の散華の美学が顕彰されるのって、あやういものがあります。十五歳の少年たちが集団自殺したのはどこかおかしい。おそらく大人が悪い。会津と同じく賊軍だった長岡藩には「米百俵」のエピソードがあります。美談としては、こちらの方がスジがいいように思います。
などと考えながら、広場からほど近い「さざえ堂」に移動。

白虎隊にさかのぼること百数十年前に建造された木造の建物は、「さざえ」のように螺旋状のスロープを登っていきます。ところが、頂上で折り返すと、登りとは別のスロープで下ります。螺旋状スロープが二重構造になっているわけです。
戦乱を経ても、こんな不思議な建造物が残っていることに驚きます。
それから、フランス人と家人は那須塩原市の家人の実家へ移動。わたくしは、磐越西線で3時間かけて新潟に戻りました。
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