2007/02/25

越後平野の落日

越後平野(蒲原平野)に沈む夕陽です。左が弥彦山、右が角田山。那須からの帰路、磐越自動車道からの風景です。


帰路も運転は家人任せでした。おかげで、こんな写真が撮れたわけです。

帰宅して休む間もなく宴会に繰り出しました。今月末に転勤するT夫妻の送別会です。この夫妻には、新潟のいろいろなところに連れて行ってもらいました。送別会は、義太夫の弾き語りという演し物もあり、二次会を経て再び帰宅したのは24時過ぎでした。

2007/02/24

冬の那須高原


結婚式は那須高原のチャペルでした。営業用のチャペルでも、賛美歌が流れるとちょっと厳粛な気持ちになります。

高原ではずっと雪が舞っていました。二人の思い出に残ることでしょう。

式後、親族だけでこじんまりと昼食。会場は二期倶楽部というところです。


立派なリゾート施設です。新潟にはないなあ。料理だけでなく白・赤のハウスワインもおいしくて、何杯も投入して昼間からメートルを上げました(死語)。

2007/02/23

那須塩原市に移動

金曜日、仕事を終えてから家人の実家に移動しました。走行距離235キロのうち、一般道は10キロ弱。残りはすべて高速です。夜の高速は空いていて、きわめて快調に移動できました。

といっても、運転は家人にお任せ。まだまだ右ヒザを養生しております。

移動した理由は、家人の妹の結婚式です。

2007/02/22

10日後の経過

右ヒザの靱帯を痛めてから10日たちました。

痛みは少しずつ薄れてきました。でも、まだまだ右足は思い通りにならず。その上、ときどきねじった向きに力が加わって、ばしっと痛みが走ることもあります。

眠るときも、足は伸ばしたまま。少しだけ曲げるとラクなので、ヒザの下に枕代わりのバスタオルをあてがっています。そして、基本的に仰向け。右側に横になるのはOKですが、左側はダメ。痛みの方向にねじってしまうようです。

今日、職場に来たお客さんとケガ話で盛り上がりました。

一人はスキーで足を骨折した経験の持ち主。さすがに自走できず、ソリで搬送されたとか。スキー靴を外すときが激痛だったそうです。想像しただけでも痛い!

もう一人はバスケットでヒザの靱帯を痛めたことがあって、爾来、プレーのときはサポーターが欠かせなくなったそうです。

これは他の人からも聞きました。一度伸びた靱帯は元のようには縮まらない。関節に力をかけるときはサポーターを着用しないと関節がずれて痛む。この年齢にして初めてスポーツの人がサポーターを着用する意味が分かりました。

2007/02/18

7人のマッハ BORN TO FIGHT !!!!!!!

タイ映画「7人のマッハ BORN TO FIGHT !!!!!!!」を観ました。

前作の「マッハ」が日本で公開されたとき、CGもワイヤーアクションも使わない体を張ったアクション映画という触れ込みが気になっていました。同じスタッフによる「7人のマッハ」が新潟で上映される機会があったので(にいがた国際映画祭)、日曜日の夜にいそいそと出撃。

触れ込み通りの熱い映画でした。なにより、体を張ったアクションが伊達ではなく、とても痛そうなのが印象的。

映画漬け

土曜日は家人が終日不在。当方も養生中の身なので外出もかなわず、終日、DVDで映画を観ました。

観たのは以下の3作品。脈絡がありませんね。


「恐竜100万年」は30年ぶりの再見。「上海特急」はマルレーネ・ディートリッヒにうっとり。そして、「ミスティック・リバー」は一度観てから、出演者による解説付きで観直して、二度楽しみました。

2007/02/17

装具交換


お見苦しい絵柄で失礼。装具を交換しました。その名も「内側/外側副靱帯損傷用サポーター ゲルテックスMCL&LCL」。ごらんの通り、両サイドに金属の蝶番(ちょうつがい)がついたものものしいサポーターです。前回の装具はヒザを完全に固定しましたが、今回のものはヒザを曲げられます。

固定される不自由さからは解放されました。しかし、ヒザを曲げ伸ばしすると、痛い!

歩くときも、無意識にヒザを固定しようとするので、アキレス腱が突っ張って痛くなります。

人間の体の動きは、体の各部が十全に機能して初めて成り立つことがよーく分かりました。そして、それが成り立たない人の大変さも少しだけ理解。

靱帯は、関節の両側にある骨を離れないように固定するゴムバンドのようなものです。これが不自然な力で伸びきってしまったわけですな。まあ、伸びきっただけで、切れずに済んだのは不幸中の幸いでしたが。

そういえば、人間の体をバラバラにするには、ノコギリのような大げさな道具を使わなくても、よく切れるメスだけで十分と聞いたことがあります。なるほど。

2007/02/14

養生生活

養生生活を始めて1日半。右足はこんな状態です。


汎用的な装具なので、ヒザの関節は伸ばしたまま固定されます。金曜日には痛めた靱帯だけを保護する装具に交換する予定。

それにしても、煩わしい!!

まず、歩くのが困難。階段は片足ずつ。クルマに乗り込むときは棒になった右足を抱えて取り込みます。打ち合わせ用の机に座ると、前や横の人と足がぶつかります。もともと体が固いので、靴を履くのにも一苦労。

動かない足をかばうため、体のあらぬところが痛みます。そして、イスに座っても床に座っても、右足を伸ばしたままの姿勢を続けるため、右足の裏側はアキレス腱も腿の裏も常にストレッチ状態。加えて、腹筋も張りっぱなし。

装具がまたくせ者で、歩いているうちにずるずると落ちてきます。落ちないように固く固定すると、足が鬱血しそう。

運動不足になってはいかんと、昨日は勤務先まで歩きました。ふだん20分の道のりが倍の40分。酔って千鳥足のときと同じです。

ところが、家人の知り合い(整骨院)から恐るべきことを聞きました。


  • 靱帯損傷は骨折より始末が悪い。ムリして動かす人が多い。ふだん運動している人ほどムリをする。

  • むやみに歩くと、反対の足に負担がかかって痛めることがある。

  • 最初の一週間は動かさないことが肝心。回復までの期間が大きく変わる。


しばらく、まじめに養生生活を続けることにします。この暖冬では、スキーはもうできないでしょう。でも、すぐに自転車の季節がやってきます。

2007/02/13

しばらく養生

午前中、整形外科で右ヒザを診てもらいました。靱帯を痛めていて、回復まで一ヶ月半から二ヶ月とのお見立て。右ヒザを装具で固定して、スキーどころか、自転車も御法度です。やれやれ。

2007/02/12

蔵王温泉スキー場(2)


これは蔵王の山頂付近のお地蔵様。お地蔵様の足下は雪の中です。零下10度近くの寒さで、デジカメの電池がみるみる消耗していきました。

夕刻近く、最後の一滑りの緩い斜面で転びました。右足をねじって激痛。帰宅後も痛みはおさまりません。

2007/02/11

蔵王温泉スキー場(1)

山形県の蔵王温泉スキー場に遠征しました。



スキーと無縁の頃、自分が蔵王に行くなどとは思いもよりませんでした。


蔵王といえば樹氷。あいにくの霧と吹雪で絵葉書のような樹氷原は一望できませんでした。これは、巨大な樹氷の根本にできたウロ(?)です。


お泊まりは、温泉街ではなくクルマで30分ほど離れた山形市内のホテル。夕食は、飲み屋街にある、独特の風情の焼き肉屋でした。

2007/02/10

はかり売り食材店S・Quint(エス クィント)


オリーブオイル、ワイン、ビネガー、シングルモルトなどをはかり売りする食材店S・Quint(エス クィント)に行ってきました。新潟女子短大の近くです。


ここははかり売り食材店vom FASS(フォムファス)の出店です。元が酒屋だったので、日本酒や焼酎の品揃えも充実。さらに、薬蜜本舗の蜂蜜も扱っています。

これでナチュラズチーズが充実していれば言うことなしです。日持ちするハードタイプは扱ってほしいなあ、などとないものねだり。

東京駒場出張

東京に日帰りで出張してきました。代々木上原から駒場東大前周辺です。



代々木上原の丘の上は、古い商店が残っています。駒場東大前駅前の蕎麦屋は、四半世紀前によく行きました。懐かしい。

2007/02/04

妙高高原 池の平スキー場



妙高高原 池の平スキー場に行ってきました。



写真の真ん中が妙高山です。新潟から現地までの道中はずっと強風でしたが、現地に着いたらご覧のとおりの見事な快晴になりました。

ここは、幅の広い緩斜面が長く続き、初心者が練習するのにうってつけでした。お隣の赤倉温泉スキー場は、25年前に来たことがあります。昨年、新潟でスキーを始めるまで、唯一のスキー体験でした。



帰路、立ち寄った米山サービスエリア(柏崎市)のレストランで食べたのが、カニ汁と鯖寿司。どちらも300円で、とても美味。

2007/02/03

ロマーノ・レヴィ(Romano Levi)







銀座のバーにグラッパのRomano Leviが5本ありました。ラベルは1本ごとに手書きだそうです。色とアルコール度数も1本ごとに違います。さすが手作り。