2009/12/20
「秋津温泉」、岡田茉莉子、吉田喜重
シネウィンドで「秋津温泉」の上映と、主演の岡田茉莉子と監督の吉田喜重のショートトークがありました。
「秋津温泉」は何年にもわたる男女の交情を描き、最後に女の死で終わります。このストーリー展開は成瀬巳喜男監督の「浮雲」と似ていますが、その味わいはまったく異質。観念的な構成の「秋津温泉」に対して、生々しい「浮雲」というか。
「浮雲」では、男女が何度もついたり離れたりして各地を転々とします。まさに腐れ縁。しかも、基本的に女が男を追います。それに対し「秋津温泉」の男女は、終戦前後の数ヶ月の後は3回しか会っておらず、体を重ねたのは最後の2回だけ。女は山間の温泉宿から離れず、男が気まぐれにそこを訪れます。
「秋津温泉」では男のだらしない日常と、そこから逃げるように、あるいは思いついたように秋津温泉に向かう姿が描かれます。「戦後の十数年を描く」という意図を表しているものの、男を演じる長門裕之が芸達者でないこともあって心をゆさぶるものではありません。一方で女を演じる岡田茉莉子の素晴らしさと言ったら。弾むような少女時代から、男と一夜を過ごした翌日の喜び、さらには温泉宿を失い放心する姿まで、見せ場が満載です。本作を観たジャック・リヴェットが「シンコサーン」と叫んだという逸話もむべなるかな。
また、端正にして官能的な映像が岡田茉莉子を引き立てています。暗闇、鏡、移動撮影、障子の格子、長い廊下、雪、舞い落ちる桜などなど、映画の語彙がふんだんに駆使されています。松竹ヌーヴェルヴァーグと称された大島渚、篠田正浩、吉田喜重の三人の中で、もっとも映像に意識的なのは吉田喜重でしょう。テーマは強情なばかりに観念的。しかし、それを描く映像はあくまで官能的なのです。
ちなみに、松竹ヌーヴェルバーグの三人はいずれも女優を配偶者としました。大島渚/小山明子、篠田正浩/岩下志麻、吉田喜重/岡田茉莉子。これは、本家ヌーヴェル・ヴァーグのジャン=リュック・ゴダール/アンナ・カリナーおよびアンヌ・ヴィアゼムスキー、クロード・シャブロル/ステファーヌ・オードランといったあたりがロールモデルでしょうか。
吉田喜重と岡田茉莉子が知り合ったのが「秋津温泉」。この作品が作られたのは私の誕生年です。上映後のショートトークを聞いて、お二人が私の父親・母親世代なんだと実感しました。
吉田喜重の新作は7年前の「鏡の中の女たち」です。本家ヌーヴェルヴァーグの連中は、ゴダールもリヴェットもシャブロルもまだまだ元気に映画を作っています。吉田喜重の新作も観てみたいものです。
P.S.
新刊の「女優 岡田茉莉子」にサインをもらってきました。著者サイン入りの本は、四方田犬彦「リュミエールの閾」、Andrew Tanenbaum "Computer Network" に続く三冊目。電子書籍ではサインはできませんね。
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