2008/03/31

バイクラック

自転車の置き場所に困ってバイクラックを据え付けました。



自分と家人のロードバイクを懸けてあります。このほかに小径車が2台あります。

昭和の暮らしは余裕のある間取りでした。玄関の三和土にあった物置スペース、広い玄関、床の間と、居住スペースを損ねることなく自転車4台を収めることができました。そうした余裕のない平成の3DKでは、部屋一つが自転車で一杯になってしまいます。

そこで、狭い廊下にバイクラックを導入。

それにしても、家の中に自転車を4台置いておくなんて、数年前には想像もしませんでした。十数年前にカメラを始めたときも「自然に」増殖しましたが、せいぜい戸棚を占拠するくらい。いやはや。

2008/03/28

乙まんじゅう

村上に出張した帰路に購入したのが乙まんじゅう

独特の厚い皮。安い赤ワインとも相性はばっちりでした。


大きな地図で見る


これは包み紙。創業文化元年。「乙」は「きのと」という地名なんですね。現在は胎内市、合併前は中条町。


これは袋。

まんじゅうを包んでいたのは木を薄く切ったもの。プラスチックではありません。

2008/03/27

老舗の旅館と料亭

3月といえば送別会。今シーズンは、老舗の旅館と料亭に行く機会がありました。

旅館は岩室温泉の高島屋。料亭は古町の鍋茶屋。新潟にいる間に一度は入ってみたいと思っていたところです。

いずれも重厚な木造建築。細部まで手の込んだ作りで、床も窓も磨き上げられています。建物自体がおもてなし。鍋茶屋で最初に集合写真を撮ったのは三階の二百畳敷きの大広間。フットサルができそうな広さでした。

もちろん料理もうまい。

惜しむらくは、庶民価格のコースだったので芸妓さんは一切入りませんでした。伝統文化として一生に一度は覗いてみたいものであります。まあ、建物に入れただけでよしとしましょう。

2008/03/20

通勤時間5分

土曜日に引っ越しを完了しました。

築43年から築7年への移動。物件の年齢差は36歳です。生活インフラ、とくに風呂場の違いは歴然。趣きを感じていたはずの古い住居のことはすっかり忘れてしまいました(笑)。

そして、通勤時間もドアtoデスクで徒歩20分から徒歩5分弱へ。敷地to敷地なら徒歩1分です。3年前まで1時間半近くかけて通勤していたことを思うと夢のようです。

ちなみに、中学・高校の頃の通学時間は徒歩5分(敷地to敷地で3分)でした。今回はそれを上回ります。

通勤だけでは明らかに運動不足です。早起きして走ろうかと思案中。佐渡ロングライドも近いことですし。

2008/03/13

昭和の暮らしにさようなら



引っ越しが明後日に迫りました。築43年の建物ともいよいよお別れです。

この建物は、古いアルミサッシの風通しがよくて(すきま風が多くて)、風呂場がレトロで開放的(古くて汚くて寒い)。けれども、分厚いコンクリートの構造体は頑丈で隣の物音一つ聞こえず、また、窓が多くて明るいところは美点でした。

さいきんのマンションは一世帯分の区画を、長い辺を隣り合わせて配置します。本棚に並んでいる本のようなものですね。窓は短い辺にしかありません。ところが、この古い建物は列車のように短い辺が隣と接します。両側の長い辺に窓を設けることができるのです。

窓と風呂場を中心に内装全般を美化すればまだまだ使えそうです。取り壊されるのはちょっと残念。

などと感傷にふける前に、荷造りをしなくてはいけません。

2008/03/08

「いのちの食べかた」(ニコラウス・ゲイハルター監督、2005年)

いのちの食べかた」は、生き物が食べ物になるプロセスを追ったドキュメンタリー映画です。

登場する食べ物は、野菜・果物から肉・卵・牛乳までさまざま。やはり、動物を肉にするプロセスのインパクトが強いですな。動物は、植物と違って明確に生命を停止させなければいけません。そして、生前のお姿を解体して肉に加工するまでもインパクト大。

そんな場面でも、スタイルは終始抑制的です。ナレーションはゼロ。作業する人びとの会話も効果音と同じ扱い。字幕も出てきません。

どの場面でも人びとが何らかの作業に携わっています。そして、休憩時間に食事を取る場面も必ず収められています。

とはいえ、この映画が紹介する食べ物づくりは牧歌的なものではありません。生産の主役は大型の機械です。農園も、飼育場も、食肉加工場も、いずれも生産規模の大きさに圧倒されます。食べ物作りは、大量生産によってスケールメリットを発揮できる設備型の産業である。そんなことを実感させられます。

2008/03/02

「夜顔」(マノエル・デ・オリヴェイラ監督、2006年)



初めて観るオリヴェイラ映画を堪能しました。

どの場面にも凝った仕掛けが施されていて、一筋縄ではいきません。クライマックスは主役二人が食事をする場面。二人が向かい合って無言で食事をするだけなのに息が詰まるようなサスペンスです。

本作はルイス・ブニュエルの「昼顔」(1967年)の後日譚です。「昼顔」は30年以上前にテレビで観ています。カトリーヌ・ドヌーブの白い肌にムチを打ったり、泥を投げつける場面にどきどきした記憶があります。「昼顔」でオヤジだったミシェル・ピコリは「夜顔」では80歳。食えないジジイぶりを発揮しています。



「夜顔」の前に出演した「ここに幸あり」ではバアさんを演じています。新潟で上映されることを願います。

2008/03/01

ぽかぽかとむずむず

金曜・土曜の東京はぽかぽかと暖かくて、厚いコートを着ていると汗ばむほど。



そして、この陽気とともにスギ花粉が大量に浮遊しています。わたくし、子供のころからの喘息・アトピー持ちで、ばりばりのアレルギー体質です。今のところ花粉症は現れていませんが、いつ発症してもおかしくありません。今日は心なしか鼻がむずむずしてきました。早々に新潟に帰還です。

新潟はスギ花粉が少ないようで、関東では花粉症だった家人も、新潟ではほとんど発症していません。日本海を渡ってきた北風は、新潟に上陸した時点ではスギ花粉フリー。そこから杉林の山々をいくつも越えて関東平野にたどり着くころには花粉がたっぷりというわけです。当方の花粉症爆弾、新潟にいる間は爆発しないで済みそうです。

2008/02/26

2月26日

今年もやってまいりました。「死児の齢を数える」とは詮無きことのたとえです。それでも数えてしまうのですね。ほんとうに詮無きことであります。

2008/02/24

「百年恋歌」(侯 孝賢 監督、2005年・台湾)

見事な映画っぷりでした。侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)らしいゆったりした濃密な時間と空間に浸れます。

百年恋歌 - goo 映画
1966年、兵役を控えた若者が、高雄のビリヤード場で働く女性と出会った。恋に落ちた彼は、休暇中にそのビリヤード場に戻ってくるが、彼女の姿はない。若者は彼女を探しにバスに乗る。1911年、遊郭に通う若い外交官と芸妓の間に流れる穏やかな想い。しかしその恋が実ることはなかった。2005年、カメラマンと歌手の出会い。惹かれあう二人だが、それぞれに恋人がいた。
いずれも、スー・チーとチャン・チェンが恋する二人を演じています。

3つの挿話ともほとんどの場面が室内で展開されます。1966年篇は小さな撞球場。1911年篇は遊郭(文化サロンのような)の小部屋。2005年篇は薄暗いアパートやクラブ。どの場面でもカメラはゆっくりと動き、人物を追うときもあれば、追わずに不在の空間を見せるときもあります。狭い室内を濃密な小宇宙に仕立て上げています。

1911年篇はサイレント(無声映画)で作られすばらしい格調の高さ。2005年篇は冷え冷えとした雰囲気。それに対して、最初の1966年篇は幸福感にあふれています。監督自身のこの時代へのノスタルジーが込められているのでしょう。ノスタルジーとは二度と取り戻せないものへの灼けるような強い思いです。アンドレイ・タルコフスキーには「ノスタルジア」(1983年)という作品がありました。

チャン・チェンは端正なたたずまい。セリフの少ない(セリフで物語が駆動されることのない)ホウ・シャオシェンのスタイルにぴったりはまっています。「牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件 」(エドワード・ヤン監督、1991年)の少年も立派な大人になりました。

スー・チーは1966年篇ではちょいとトウがたっているものの、1911年篇では見事な優雅さです。

1966年篇では男女は最後にためらいがちに手を触れます。1911年篇では女が男の髪(弁髪)を丁寧に梳いています。2005年篇の激しく求め合う場面より、この二つの場面からはより深い強い思いが伝わってきました。

2008/02/23

「水曜日は大忙し!」(パスカル・トマ監督、2001年・仏)

水曜日は大忙し!」は、フランスの地方都市が舞台。小学校の休日(水曜日)に大人と子供たちが遭遇するたくさんのできごとを描いた、愛すべき作品です。

登場するのは、ギャンブル好きの中年男とその娘、警察署長、臨月で出張中のその妻、河に舟を出す子供たち、迷子になった3歳児を預かる子供たち、娘と麻薬中毒の母、子供たちの親たち、などなど数え切れないほど。登場人物たちが繰り広げるエピソードもてんこ盛りです。

エピソードは、楽しいもの、可笑しいもの、苦いもの、悲しいもの、と悲喜こもごもです。それでも映画全体に大らかさと明るさが感じられるのは、子供たちのこぼれるような笑顔のおかげでしょう。子供たちの姿はとても生き生きと捉えられています。

とはいえ、この映画も本当の子供が見たら不自然に思うかもしれません。自分が子供の頃、映画やテレビドラマに登場する子供はどこか不自然に思えたものです。それは、外国映画に登場する日本人が、日本人から見て不自然なのと同じこと(「硫黄島からの手紙」は例外中の例外)。大人と子供は異国人同士、あるいは異星人同士なのです。

子供が登場する映画で、子供が見ても不自然に思わないであろうもの。一つだけ思いつくのはジャン・ヴィゴの「新学期・操行ゼロ」(1933年・仏)です。寄宿舎の生徒たちが大人たちに対して決起し、枕の羽根を散らして騒ぐシーンの高揚感は観てから20年以上たっても鮮明に記憶しています。

そうそう、「水曜日は大忙し!」の舞台となった地方都市は、フランス西部ロワール川河口に位置するナントです。去年5泊したところで、見覚えのある風景がいくつも登場しました。「ご当地映画」というところがこの映画に好印象をもった原因の一つですね。

2008/02/21

平鍋健児さんの講演

平鍋健児さんの講演を聞いてきました。

仕事の質を高めるには技術とプロセスだけでなく、人のやる気が重要。3時間近くのお話は、まさにこの一点を力強く訴えるものでした。題材はソフトウェア開発ですが、すべてのグループワークに通じます。

メンバーのやる気を引き出せば、仕事の質が高まるだけでなく、メンバーのQoEL(Quality of Engineer Life)も高まります。講演では、それを実践した事例を数多く紹介。お話には体験で鍛えられた強い説得力がありました。

一点だけ気になったのは、メンバーの資質の問題です。もちろん、それはプロジェクト開始以前の人材配置のマネジメントに関わり、ファシリテーションとは領域が違いますが。

なお、平鍋さんが講演で使った資料はここに登録されていています。この資料も力強い。でも、目の前で喋るご本人はその何倍もの力を放っていました

とくに印象的なスライドを引用しておきます。



自ら気づき、行動することを、価値とする文化。
創っていきたいものです。

2008/02/16

雪でクルマが故障

水曜日、家人が一人で運転中にクルマが故障しました。症状は、エンジンからの異音、回転不調、そして、エンストです。

たまたまディーラーの近くだったので、再始動して何とかたどり着きました。修理に時間のかかる症状とのお見立てです。ところが、このディーラー、代車は用意できないとの一点張りで、さらには歩いて帰ってくれと言う始末。満タンの灯油缶3つを見せてなんとか家に送ってもらったそうです。

翌日、ディーラーからもらった報告はにわかには信じがたい内容。
  • エンジンルームに吹き込んだ雪がタイミングベルトで凍結した
  • そのままエンジンを始動したのでタイミングベルトがずれ、バルブの開閉タイミングがおかしくなった
  • 東北地方では同じ事例が何件か発生
  • 状態によってはエンジンヘッドを分解してバルブを交換する必要がある。その場合、修理費は20万円程度かかる
今日ふたたび連絡があり、タイミングベルトの調整だけでことなきを得ました。修理代金は38,745円なり。早く直ったことと、覚悟していた金額より小さかったことで、まずは一安心。

対策を聞きました。駐車する向きを反対にする、ボンネットにシートをかける、だそうです。それにしても、送電線がショートして大停電が発生した2年前に比べたら、今年の雪や風はものの数に入りません。解せない!

2008/02/15

浅草橋めぐり

しょっぺ店好きのTさんに連れていかれたのは、浅草橋の「ちゃんこ成山」。


ここはしょっぺ店どころか立派な料理屋です。4種類のちゃんこから味噌ちゃんこを選択。濃厚な味わいでした。ときおり聞こえてくるご店主(二代目)の声がお相撲さんそのものなのがご愛敬。ごっつぁんです。

しょっぺ店も欠かせません。二軒目に向かったのは「西口やきとん」。


立ち飲みです。


メニューのほとんどはワンコイン。立ち飲み屋の鑑です。

新潟〜福島〜山形

福島と山形に出張してきました。



今回の移動はすべて新幹線を使いました(前回の山形出張は米坂線経由)。雪が降って在来線のダイヤが乱れていたからです。

こうして地図を見ると、山形から大宮を経由して新潟に戻る経路がとんでもない遠回りだということが実感されます。ところが、鉄道ではこれが最速ルートなのです。

新潟から東京へは2時間。新潟から山形へは4時間以上。東京に比べて距離の近い山形のなんと遠いことか。

明治維新のとき新潟県内の多くの藩は奥羽列藩同盟に参加しました。東北地方が地理的にも心理的にも近かったことが想像できます。百数十年を経て両者の心理的な距離は大きくなりました。新潟県が道州制で東北ブロックに入るだろうという人はあまりいません。

ちなみに、電気は東北電力です。

2008/02/11

ご近所

ご近所です。新築のアパートやマンションより、ちょっとくたびれているものが面白いですね。



2008/02/09

とんかつ目黒とんき

「とんかつ とんき」といえば、東京の目黒にあるトンカツの名店です。


これは先月、上京して近くを通りかかったときに撮ったもの。立派な看板です。

そして、新潟の住居の近所にも「とんかつ目黒とんき」という名前のトンカツ屋があります。


建物に看板はなく、店の名前はこの電飾のみ。くたびれていますね。

土曜の昼の店内には、年の頃八十に近づこうという枯れた雰囲気のおじいさんが一人。メガネが斜めになっていていい味を出しています。

私がカツ定食(ロース)、家人がヒレカツ定食をオーダー。カツを食べながら、おじいさんに東京のとんきのことを尋ねると、切れ目なく話が始まりました。
  • 昭和36年から45年まで東京のとんきにいて、昭和45年に新潟に戻ってきた
  • 東京のとんきのお上さんはもう90を越えていて元気と聞いている
  • とんきのご主人は新潟中之口村の出身
  • 新潟市役所の近くにも「とんかつ とんき」があってそこは父方
  • 中之口村出身の有名人というと東映の創業者の大川博に相撲の羽黒山
  • 東映に見学にいったときは若い頃の梅宮辰夫や中原ひとみがいて一緒に写真を撮った
  • この頃三連休が増えてお客さんが減って困っている

ちなみに、カツはなかなか美味でした。さすが目黒とんき仕込み。

冷えた晴天

晴れ。道中、何人か自転車乗りとすれ違いました。







海岸から自宅までは曇り。寒くて体が暖まりませんでした。

2008/02/08

ジュンク堂社長の講演

ジュンク堂の工藤恭孝社長の講演を聞いてきました。

工藤社長のお話は読んだことがありました。
 NBonline: 連載1回目 (連載一覧)

それでもご本人から直接聞くお話は滅法面白い。

いっぱんに創業社長(工藤さんの場合は実際は二代目)の話は面白いものです。成功も失敗もすべて自分で引き受けている人ならではの重みがあります。それに対してサラリーマンの話には甘さや逃げが感じられることが多い。もちろん、これは自分も例外ではありませんが。

工藤社長のお話の素晴らしいところは、成功の自慢話ではなく失敗談が多いこと。飄々とした語り口に微苦笑しながらついつい引き込まれてしまいます。

そして最後は、阪神大震災から二週間後に神戸三宮店を再開したエピソードです。震災で破壊された町に人影はない。それでも再開したジュンク堂にはつぎつぎとお客さんが詰めかけて、店員に「ありがとう」と声をかけたそうです。

「人に必要とされる仕事」

じつに単純なフレーズに心を打たれました。いままで自分は人に必要とされる仕事をしてきたか。これからしていくのか。などと柄にもなく思いを巡らせた次第。

2008/02/03

THE BIG SWITCHを読了

電力とコンピューティング・パワーの違いは後半の最初に軽く触れられました。それよりも、後半は「ワールド・ワイド・コンピュータ」の負の側面に記述の重点が置かれます。
  • 一般人が無償の技芸を競って公開し、専門技能を生業とする中間層が破壊される。
  • 場を提供する者が富を集め、無数の人々がそこに無償の作品を提供する。この構図は、地主が農地を提供し、そこで小作農がせっせと小作するようなものではないか。
  • ネット上の意見は多様化せず、むしろ意見の対立を深く先鋭化させる。
  • Googleの究極の目標は人工知能。それはコンピュータが人間のように考えるのではなく、人間がコンピュータのように考えるようになることではないか。

などなど。刺激的な論点がいっぱいです。

Garmin Edge800を新調

5年間の酷使で満身創痍のGarmin Edge305。ついに、Edge800の導入に至りました。 楽しい選択で迷ったのは他社のサイコンではなく、iPhone。Bluetooth接続の スピード/ケイデンス・センサー や、 心拍センサー を導入して、 Cyclemeter な...