2007/04/30

那須お気楽ライド



家内の実家の近場をのんびり走ってきました。

のんびり走ったつもりでも、高低差は221メートルあります。昨日の疲れも残っていて、戻ったところで2時間も眠ってしまいました。


雑木林の中はごらんのとおりクルマも少なく、とても快適。暑すぎず寒すぎず、いい季節です。

2007/04/29

自転車で福島県に入る



自転車で福島県に入りました。久々の峠道ロングライドはへとへと。5月20日の佐渡ロングライドまでに精進しておかなければ。

経路はごらんの通り片道だけです。今日、那須塩原市の家人の実家に移動しました。磐越自動車道の西会津パーキングエリアまで一人で自転車で行き、そこで家人にクルマで拾ってもらったわけです。クルマに乗った後は到着地点まで爆睡。

佐渡ロングライドは家人ともども130キロにエントリーしました。今年は210キロに挑戦したかったけど、ヒザの靱帯をおもんぱかって自重。それに、これくらいの距離でバテていてはいけません。

そういえば、どこかの新聞の記事では200キロ走るような記述がありました。あれは記事を面白くするための修辞です。記者君によると「あれくらいなら許されるでしょう」だって。

2007/04/28

大手町〜八重洲〜西荻窪

金曜・土曜は、東京に出張していました。

用事があったのは二日とも大手町。今回は大船に戻らず八重洲のホテルに泊まりました。大手町まで歩いていけます。銀座は徒歩5分です。ラクです。ついつい銀座で遅くまで飲んでしまいました。

土曜日は用事が終わってから西荻窪に移動し、2月まで新潟にいたT夫妻と飲みに行きました。短時間ながら2軒をハシゴ。1軒目はディープな焼鳥屋、2軒目はエスニック食堂(厨房のおばはんがチェンマイ出身)。

中野から西荻窪あたりの中央線の駅前商店街って、独特の雰囲気がありますね。街も人も濃いですわ。


これは2軒目の店内。ただならぬ気配のカップルは男同士です。

1軒目で日本酒、2軒目でラオスのビール、ベトナムのウィスキー、タイのウィスキーと快調に飲み進み、新潟に帰る新幹線の中では爆睡でした。

2007/04/22

巨大スタジアムの爆破解体

爆破解体といえば、こんな豪快な映像があります。



中国東北部の瀋陽市にある五里河(Wulihe)スタジアムです。オリンピックのために建て替えるのだとか。まだ築後20年もたっていません。

瀋陽市には十数回行ったことがあります。


これは2002年2月。このパンダ DANDAN 君はどうなってしまったのでしょうか。

ビル解体


住居の隣のビルが解体されています。地上4階建てのビルがあらかたなくなるまでに2週間。意外と時間がかかっています。

咥えてもぎとる重機を使っています。昔は大きな鉄球をがんがんぶつけていました。海外では爆破する工法もあります。お隣ではやってもらいたくないものです。

ちなみに、解体中のビルの方が、当方の住居より新しいようです。当方の住居は今年で築42年。

2007/04/21

二大河川の間をライド



新潟平野には、信濃川と阿賀野川という二つの大きな河川が流れています。

本日はいつもの海沿いではなく、二大河川の間を走ってみました。阿賀野川の本流を目指したものの、雨が降りそうだったので、早々に帰宅。気持ちは不完全燃焼。

30キロ以上走ったのに、高低差は7メートル。ほんとうに平坦ですな。

2007/04/15

村杉温泉付近を自転車で散策

村杉温泉付近を自転車で散策しました。



このあたりは住居地から片道30キロメートルほど。自転車で行けない距離ではありません。でも、家人が辛そうだったので、近くまでクルマで自転車を運んで行きました。

村杉温泉はラジウム泉です。無料の足湯に浸かってみました。

次に向かったのは五十嵐邸ガーデン。昔の豪農の館を飲食施設にしています。コーヒーと和菓子をいただいた喫茶室は土蔵を改築したところ。なんでも、7つの土蔵のうち3つは書物を収納した文倉だったとか。

そこから阿賀野川の近くまで自転車で走ったあと、クルマで向かったのは旧村松市(現五泉市)の温泉入浴施設さくらんど温泉。田んぼの真ん中にあって、やたらと子供が多い。地域の人々の憩いの場のようです。

2007/04/14

花の盛りの強風

花の盛りの土曜日はあいにくの強風でした。

街中のイタリア料理屋に自転車で出かけたものの、雲行きが怪しくなったので花見は断念しました。信濃川沿いの帰宅路は強い向かい風でへとへと。帰宅後、2時間午睡をとってしまいました。

信濃川の堤は花の名所です。でも、花見集団は少なかったし、繰り出していた人びとも寒そうでした。

2007/04/11

新潟のいちばんいい季節


帰宅途中、信濃川にかかる橋の上からの光景。弥彦山と角田山がくっきりと見えます。空気が澄んでいます。堤の桜並木は満開です。

ちょうど職場の人が通りかかりました。

「いい天気ですね。」
「そう、新潟はこの時期がいちばんいいですよ。」

長い冬が終わって、草木が芽吹き、花を咲かせる。人びとの気持ちも明るくなるわけです。

とはいえ、今日はだいぶ寒くて、天気予報によると明日の朝は霜が降りるとか。

2007/04/10

秋葉原・銀座・大船

昨日は東京に出張しました。

打ち合わせ場所は秋葉原。野菜市場の跡地に建てられた小綺麗なオフィスビルの中でした。

10年ぶりに訪れた秋葉原は噂どおりのオタクタウン。でも、ラジオセンターやラジオデパートには昔と変わらぬパーツ屋が軒を並べていてほっとします。パーツ屋のたたずまいが変わらないのは、売っているものがほとんど変わっていないせいでしょう。高度成長期の先端技術がそのままレトロになってしまったわけです。

夕方から銀座で宴会。まず、3月に新潟から東京に転勤したTさんと並木通りの「しょっぺ」居酒屋へ。Tさんと新潟でよく行った「しょっぺ店」の系譜です。その後、別の知人グループと居酒屋からカウンターバーへ。大船に帰宅したのは1時近く。

今朝は6時前に起床し、10時半には勤務先に到着。「年休2時間」です。

2007/04/08

選挙の日曜日

中之口川沿いのコースを進んだものの、途中から小雨が降り出したので早々に引き返し、往復30キロくらい。

帰宅後、公民館に出かけて投票。今回の選挙には知人が出馬しています。今はテレビの開票速報ではらはら。でも、もう眠くなってきました。明朝のお楽しみですかね。

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23時少し前に当選確定しました。

2007/04/07

4ヶ月ぶりの角田浜ライド

右ヒザの靱帯はだいたい治りました。歩いても足を引きずらなくなりました。


というわけで、角田浜まで50キロを自転車で往復。往路はなかなか快調。

しかし、帰路は辛かった。向かい風でなかなか進まない上に、寒い。天候を甘く見て薄着にしたのが失敗でした。どんなに息を切らして走っても体が温まってきません。

帰宅後、弥彦村の温泉施設「さくらの湯」に行って参りました。岩盤浴も試し、体はぽかぽか。それにしても、この温泉施設、まわりは田んぼばかりで不思議な光景。

2007/04/01

Yellow sand from huang he


今日は旧巻町のあたりまで往復40数キロほど自転車で走ってきました。久しぶりにビンディングペダルを使ってもヒザは大丈夫でした。サポーターはつけていますが。

走行中、視界が黄色に見えます。写真は旧巻町付近の風景です。近くにある角田山がかすんでいます。

これは黄砂のしわざです。そろそろ日本海側の各地に到来している様子。

帰宅した頃には、顔にも、耳の穴にも、鼻の中にも細かい砂がざりざり。

というわけで、「紫雲の郷」という温泉施設に行ってきました。ヨード臭い茶色い塩辛い湯です。

新潟では石油が採れます。石油のなりかけのヨードも採れます。ここの湯の香りは、イギリスはアイラ島で作られるシングルモルトウィスキー「ラ・フロイグ」や「ラガヴリン」のピート臭さに似ています。

塩分の多い温泉は体が暖まります。くたくたに疲れるまで暖まってから帰宅しました。

P.S.

"huang he" は「黄河」のピンイン表記です。「ふあん(上声)、ふぅ(上声)」と聞こえます。


モールトンに泥よけをつけました。ロードバイクを新たにオーダーしたので、モールトンのキャラクターをツーリング向けにしました。

2007/03/31

Crazy Cats Deluxe


手もとに「Crazy Cats Deluxe」というCDがあります。クレージーキャッツのベスト版です。

選曲・構成・解説を手がけているのは大瀧詠一。「厚家羅漢」なるペンネームを使っています。

購入したのは1987年。じつに20年前ですね。

クレージーキャッツの面々は昭和ヒトケタ世代です。先日亡くなった植木等を含めて、7人のメンバーのうち、すでに4人が亡くなっています。詞やコントを提供していた青島幸男も先頃亡くなりました。この世代が徐々に鬼籍に入りつつあることを実感します。

「シャボン玉ホリデー」は幼稚園児として同時代に、「無責任」シリーズは大学生の時にオールナイト(死語)で観ました。時期は違うけど、ドリフターズの「全員集合」より、「シャボン玉ホリデー」の方がずっと楽しみだったな。もちろん、「ウルトラマン」シリーズは毎週心待ちにしていましたが。

クレージーキャッツの歌、映画、テレビショーのいずれにも、明日は必ずよくなるという時代の気分が刻み込まれています。すでに、歴史の文脈で語られる過去になってしまいました。

植木等の「等」という名前には、僧侶だった父親の願いが込められていたそうです。そして、「日本一の無責任男」で植木等が演じる主人公の名前は「平均(たいら・ひとし)」。青島幸男も冴えていたのですね。

合掌。

2007/03/29

家庭内オブジェ(5)


一度に5つ撮影して、一つ紹介するのを忘れていました。

花も光も、そのときどきで変わります。このときはいい組み合わせでしたね。

2007/03/28

まだまだ雪景色

今日、出張で出かけた山間の集落の風景です。4月が近づいてもまだまだ雪景色です。これでも土地の人によると、歴史上稀に見る少雪なんだそうですが。

場所は魚沼市です。ALPSLAB slideのテスト。例によってドラッグによるスクロールも、マウスホイールによる拡大縮小もできます。ぐりぐり試してみてください。
scale:3000000 37/21/31.083,138/59/14.912


付記
地図では、新潟から向かうと長岡で高速道路を降りると近そうに見えます。ところが、長岡からの山道が険しいので、小出まで高速を使う方が早く到着します。

2007/03/25

電子部品店

新潟駅の近くでただならぬたたずまいの店を発見。これはすごい。普通の人が見れば何でもない狭い店舗は、電子部品店です。電球やスイッチ類から抵抗やコンデンサーなどの基本部品、さらには電子工作キットまでぎっしりつ詰まっています。

電子工作少年だった血が騒ぎました。同行していた家人をジュンク堂新潟店に追いやり、一人とどまること30分。いやー面白かった。購入したのは60ワットのハンダごてとステンレス用ハンダ。これは電子工作ではなく、自転車のブレーキワイヤーの終端処理のためなんですけどね。近所のホームセンターでも手に入るものを、浮かれた気分でついつい購入。

ちなみに、ジュンク堂新潟店はこの3月にオープン。広大な店舗に豊富な書物があふれています。これまたしばらくとどまり、アマゾンではなくリアル店舗もいいな、としみじみ。

2007/03/24

陸に上った舟

自宅から10キロほど離れた漁港です。漁船がすべて陸に上げられ、手入れを受けていました。見慣れないせいか、不思議な光景です。

ここまでの交通手段は自転車。往復20キロくらいは走れるようになりました。まだ、歩くとびっこを引くのですけどね。

2007/03/22

あまーいカクテル

家人の留守を幸いに、近所の気になっていたショットバーに出撃。

「バーテンダー協会所属」なる案内が表に出ています。木製のドアを開けると、細長い店内は数メートルにわたるカウンターと、奥の方に若干のテーブル席。これはいい感じです。

すでにだいぶインプットした後だったので、1杯目にドライマティーニをオーダー。「ドライ」といったのに、あまーい仕上がりです。2杯目はアマレットベースのショートカクテル。これもあまーい仕上がり。

作り方は豪快。計量メジャーを使いません。スティアグラスやシェーカーに目分量でどぼどぼ。これが甘さの秘訣ですな。

でも、70歳になるというバーテンダーのおじさんとお話ししているうちに、いい気分になってきました。また行こうかな。あまーいカクテルをいただきに。

2007/03/21

文楽鑑賞

文楽を観てきました。とても面白かった。

2月末に転勤していったT夫妻は文楽好きで、送別会では義太夫の弾き語りがありました。そのときに紹介された公演です。

演し物は「曽根崎心中」。

人形は動かなければモノです。命のないモノに命が与えられる現場を目撃しました。

道行きの果てに、お初が「殺して」と差し出した顔の気高さ、うつくしさ。モノに命を与える魔術の極みだったのでしょうか。

2007/03/20

家庭内オブジェ(4)


銀色に塗られた松ぼっくりです。

二度目の積雪

この冬二度目の宵越しの雪です。最初も三月でした。二月の暖かさですっかりゆるみ切っていた身には辛い寒さです。新潟ネイティブでも多くの人が三月に入ったとたんにスノータイヤからノーマルタイヤに換えていました。

2007/03/19

家庭内オブジェ(3)

お猿、です。電灯のヒモに下げてあります。凶悪というよりは間抜けな顔ですね。握っているオレンジもリアルです。

2007/03/18

家庭内オブジェ(2)

直径1センチから2センチの手まり風の玉が6個繋がっていて、それが柱に下がっています。柱が曲がっているのは、カメラのレンズのせい。

にいがた酒の陣2007

今年も去年に続いて行って参りました。

あるブースで蔵元の人から聞いたのは「吟醸はおいしくて当たり前。ベーシックな本醸造が旨いところが本物」。このアドバイスに従い、吟醸酒はほどほどにして、本醸造酒を飲み続けていきました。

印象に残ったのが「かたふね」。新潟酒のキーワード「淡麗辛口」とは違う、豊かな味わいです。

だいぶ酔っぱらったところで、会場で遭遇した知人と小料理屋に移動。そこでさらに別の知人たちが合流して一大宴会となりました。

2007/03/17

家庭内オブジェ(1)

気がつくと、家の中のそこかしこにオブジェが置いてあります。


これは犬車。床間に吊り下がっています。上の針金を引いて車輪を転がすと、足・尻尾・頭が動きます。どう猛というか剣呑な顔立ちだなあ。

晴×雪


朝、気持ちよく晴れていても油断はできません。そのうち曇ってきて雪が降りだし、また、晴れて、雪が降る。その繰り返しの一日でした。

写真は、ヒザのリハビリのためにポタリング(自転車でゆっくり走る)に出かけた時。海から雪が横殴りに吹きつけています。寒いので、早々に退散。

ヒザの具合は、歩みが少しぎこちない状態。階段の下りで右足を踏ん張れずにぴょこぴょこと段を飛びます。まだまだ辛抱です。

2007/03/12

賞品


一等賞の賞品は、賞品一覧に見える分厚い本だけではありません。本命はこれ。フランスのナント市へ5泊のご招待状です。ただし、ナント市までの交通費は含まず。

ナント市と聞いても「ナントの勅令」くらいしか思い出せずに「何ともはや」というフレーズが口を突く始末。文中にあるようにブルターニュ地方の都市で、新潟市とは友好都市だそうです。

航空券はシーズンによって価格が3倍くらい変わります。さりとて仕事もある。さてさて、いつ行くべきか?

2007/03/11

1等賞

家人が賞品を獲得してきました。懸賞やアンケートの賞品とはとんとご縁がなかった人としてはまれに見る快挙です。

舞台は新潟市内の外国語スピーチコンテスト。といっても、出場者は全部で21人というこじんまりしたものです。家人が通う外国語サークルの先生(マダムM)に強く依頼されて、初心者レベルながら断り切れずに出場しました。

マダムMの指導は、内容や発音だけでなく小道具にまで及びました。家人のスピーチネタは昨年夏の自転車事故です。これを印象づけるために、いでたちはサイクリスト、さらには舞台に自転車まで持ち込みました。こうしてイロモノに徹したおかげで、審査員を初めとする観客の笑いを獲得。

客席で観ていた当方も、言葉は分からないながら、ほかの出場者の様子からして入賞は固いなと思いました。それが、入賞どころかフリースピーチ部門の1位! 驚きです。

自転車で転倒したときは顎の骨を折って入院しました。それをネタにしての賞品獲得。転んでもただでは起きないとは、まさにこのことです。もちろん、毎日暗誦する努力はしていましたが。

2007/03/10

自転車再開

恐る恐る自転車に乗ってみました。右ヒザに無理な力をかけないように、そろりそろりと。

歩くと右のふくらはぎが痛くなりますが、自転車では問題なし。

体力はこの4週間弱でばっちり落ちています。右の太腿は左よりほっそりしてきました。そして、ちょっとした坂を登ると息が上がります。少しずつリハビリしなければ。


画面奥にうっすらと見えるのが佐渡島。左下の無印良品自転車は、一年前に引っ越していった隣人の置き土産です。シートポストを交換してサドルを高くしました。

2007/03/07

3月の雪


寒いなあと思っていたら、久しぶりに雪が降りました。枯れた芝生に薄く積もっています。暖かい冬だったけど、まだまだ春には負けられねえ、というところです。

月曜・火曜と歩いて通勤したら、伸ばした靱帯の下のふくらはぎが痛くなってしまいました。今日からまたクルマで送り迎えです。

2007/03/04

夢の版画館(新潟市美術館)

新潟市美術館の企画展示「夢の版画館」を観てきました。(パンフレット

印象深かったのは、
  • 草間彌生「南瓜」(公式サイトwikipedia
  • マックス・エルンスト「兵士のバラード」
  • 木葉井悦子の一連の作品
です。

昨日・今日は「アルバムの家」という本を読んでいました。昭和後半の家と暮らしを紹介していて、家の間取りが掲載されているのが特徴です。小学校1年から住んだ家のことは覚えていても、その前の家のことがまったく思い出せません。写真はあっても、中の間取りが分からず。

2007/03/03

ぐらぐら

整形外科で右ヒザの様子を診てもらいました。まだぐらぐらしているので引き続き養生するように、との仰せです。

先生が右スネを揺するとたしかにヒザが左右に少しぐらぐら。なるほど。

だいぶ歩けるようにはなってきました。それでも、右ヒザに負荷をかけないようにするので、はたから見てもぎこちない動きだし、右足のアキレス腱が無闇に疲れます。

しばらく養生を続けることにします。

その後、歯医者に行ってきました。しばらく前から気になっていた奥歯の痛みは、虫歯ではなく歯垢による知覚過敏とのこと。がりがり削られずには済みました。ほっと一息。ちゃんと磨かなければ。

2007/03/01

2月26日


今年も花をいただきました。覚えていてくれる人がいるのはとてもありがたいことです。死者が住まうところがあるかどうかは分かりません。けれども、記憶する人がいる限り、この世から完全に消えてしまったわけではないのでしょう。

2007/02/25

越後平野の落日

越後平野(蒲原平野)に沈む夕陽です。左が弥彦山、右が角田山。那須からの帰路、磐越自動車道からの風景です。


帰路も運転は家人任せでした。おかげで、こんな写真が撮れたわけです。

帰宅して休む間もなく宴会に繰り出しました。今月末に転勤するT夫妻の送別会です。この夫妻には、新潟のいろいろなところに連れて行ってもらいました。送別会は、義太夫の弾き語りという演し物もあり、二次会を経て再び帰宅したのは24時過ぎでした。

2007/02/24

冬の那須高原


結婚式は那須高原のチャペルでした。営業用のチャペルでも、賛美歌が流れるとちょっと厳粛な気持ちになります。

高原ではずっと雪が舞っていました。二人の思い出に残ることでしょう。

式後、親族だけでこじんまりと昼食。会場は二期倶楽部というところです。


立派なリゾート施設です。新潟にはないなあ。料理だけでなく白・赤のハウスワインもおいしくて、何杯も投入して昼間からメートルを上げました(死語)。

2007/02/23

那須塩原市に移動

金曜日、仕事を終えてから家人の実家に移動しました。走行距離235キロのうち、一般道は10キロ弱。残りはすべて高速です。夜の高速は空いていて、きわめて快調に移動できました。

といっても、運転は家人にお任せ。まだまだ右ヒザを養生しております。

移動した理由は、家人の妹の結婚式です。

2007/02/22

10日後の経過

右ヒザの靱帯を痛めてから10日たちました。

痛みは少しずつ薄れてきました。でも、まだまだ右足は思い通りにならず。その上、ときどきねじった向きに力が加わって、ばしっと痛みが走ることもあります。

眠るときも、足は伸ばしたまま。少しだけ曲げるとラクなので、ヒザの下に枕代わりのバスタオルをあてがっています。そして、基本的に仰向け。右側に横になるのはOKですが、左側はダメ。痛みの方向にねじってしまうようです。

今日、職場に来たお客さんとケガ話で盛り上がりました。

一人はスキーで足を骨折した経験の持ち主。さすがに自走できず、ソリで搬送されたとか。スキー靴を外すときが激痛だったそうです。想像しただけでも痛い!

もう一人はバスケットでヒザの靱帯を痛めたことがあって、爾来、プレーのときはサポーターが欠かせなくなったそうです。

これは他の人からも聞きました。一度伸びた靱帯は元のようには縮まらない。関節に力をかけるときはサポーターを着用しないと関節がずれて痛む。この年齢にして初めてスポーツの人がサポーターを着用する意味が分かりました。

2007/02/18

7人のマッハ BORN TO FIGHT !!!!!!!

タイ映画「7人のマッハ BORN TO FIGHT !!!!!!!」を観ました。

前作の「マッハ」が日本で公開されたとき、CGもワイヤーアクションも使わない体を張ったアクション映画という触れ込みが気になっていました。同じスタッフによる「7人のマッハ」が新潟で上映される機会があったので(にいがた国際映画祭)、日曜日の夜にいそいそと出撃。

触れ込み通りの熱い映画でした。なにより、体を張ったアクションが伊達ではなく、とても痛そうなのが印象的。

映画漬け

土曜日は家人が終日不在。当方も養生中の身なので外出もかなわず、終日、DVDで映画を観ました。

観たのは以下の3作品。脈絡がありませんね。

「恐竜100万年」は30年ぶりの再見。「上海特急」はマルレーネ・ディートリッヒにうっとり。そして、「ミスティック・リバー」は一度観てから、出演者による解説付きで観直して、二度楽しみました。

2007/02/17

装具交換


お見苦しい絵柄で失礼。装具を交換しました。その名も「内側/外側副靱帯損傷用サポーター ゲルテックスMCL&LCL」。ごらんの通り、両サイドに金属の蝶番(ちょうつがい)がついたものものしいサポーターです。前回の装具はヒザを完全に固定しましたが、今回のものはヒザを曲げられます。

固定される不自由さからは解放されました。しかし、ヒザを曲げ伸ばしすると、痛い!

歩くときも、無意識にヒザを固定しようとするので、アキレス腱が突っ張って痛くなります。

人間の体の動きは、体の各部が十全に機能して初めて成り立つことがよーく分かりました。そして、それが成り立たない人の大変さも少しだけ理解。

靱帯は、関節の両側にある骨を離れないように固定するゴムバンドのようなものです。これが不自然な力で伸びきってしまったわけですな。まあ、伸びきっただけで、切れずに済んだのは不幸中の幸いでしたが。

そういえば、人間の体をバラバラにするには、ノコギリのような大げさな道具を使わなくても、よく切れるメスだけで十分と聞いたことがあります。なるほど。

2007/02/14

養生生活

養生生活を始めて1日半。右足はこんな状態です。


汎用的な装具なので、ヒザの関節は伸ばしたまま固定されます。金曜日には痛めた靱帯だけを保護する装具に交換する予定。

それにしても、煩わしい!!

まず、歩くのが困難。階段は片足ずつ。クルマに乗り込むときは棒になった右足を抱えて取り込みます。打ち合わせ用の机に座ると、前や横の人と足がぶつかります。もともと体が固いので、靴を履くのにも一苦労。

動かない足をかばうため、体のあらぬところが痛みます。そして、イスに座っても床に座っても、右足を伸ばしたままの姿勢を続けるため、右足の裏側はアキレス腱も腿の裏も常にストレッチ状態。加えて、腹筋も張りっぱなし。

装具がまたくせ者で、歩いているうちにずるずると落ちてきます。落ちないように固く固定すると、足が鬱血しそう。

運動不足になってはいかんと、昨日は勤務先まで歩きました。ふだん20分の道のりが倍の40分。酔って千鳥足のときと同じです。

ところが、家人の知り合い(整骨院)から恐るべきことを聞きました。

  • 靱帯損傷は骨折より始末が悪い。ムリして動かす人が多い。ふだん運動している人ほどムリをする。

  • むやみに歩くと、反対の足に負担がかかって痛めることがある。

  • 最初の一週間は動かさないことが肝心。回復までの期間が大きく変わる。


しばらく、まじめに養生生活を続けることにします。この暖冬では、スキーはもうできないでしょう。でも、すぐに自転車の季節がやってきます。

2007/02/13

しばらく養生

午前中、整形外科で右ヒザを診てもらいました。靱帯を痛めていて、回復まで一ヶ月半から二ヶ月とのお見立て。右ヒザを装具で固定して、スキーどころか、自転車も御法度です。やれやれ。

2007/02/12

蔵王温泉スキー場(2)


これは蔵王の山頂付近のお地蔵様。お地蔵様の足下は雪の中です。零下10度近くの寒さで、デジカメの電池がみるみる消耗していきました。

夕刻近く、最後の一滑りの緩い斜面で転びました。右足をねじって激痛。帰宅後も痛みはおさまりません。

2007/02/11

蔵王温泉スキー場(1)

山形県の蔵王温泉スキー場に遠征しました。



スキーと無縁の頃、自分が蔵王に行くなどとは思いもよりませんでした。


蔵王といえば樹氷。あいにくの霧と吹雪で絵葉書のような樹氷原は一望できませんでした。これは、巨大な樹氷の根本にできたウロ(?)です。


お泊まりは、温泉街ではなくクルマで30分ほど離れた山形市内のホテル。夕食は、飲み屋街にある、独特の風情の焼き肉屋でした。

2007/02/10

はかり売り食材店S・Quint(エス クィント)


オリーブオイル、ワイン、ビネガー、シングルモルトなどをはかり売りする食材店S・Quint(エス クィント)に行ってきました。新潟女子短大の近くです。


ここははかり売り食材店vom FASS(フォムファス)の出店です。元が酒屋だったので、日本酒や焼酎の品揃えも充実。さらに、薬蜜本舗の蜂蜜も扱っています。

これでナチュラズチーズが充実していれば言うことなしです。日持ちするハードタイプは扱ってほしいなあ、などとないものねだり。

東京駒場出張

東京に日帰りで出張してきました。代々木上原から駒場東大前周辺です。



代々木上原の丘の上は、古い商店が残っています。駒場東大前駅前の蕎麦屋は、四半世紀前によく行きました。懐かしい。

2007/02/04

妙高高原 池の平スキー場



妙高高原 池の平スキー場に行ってきました。



写真の真ん中が妙高山です。新潟から現地までの道中はずっと強風でしたが、現地に着いたらご覧のとおりの見事な快晴になりました。

ここは、幅の広い緩斜面が長く続き、初心者が練習するのにうってつけでした。お隣の赤倉温泉スキー場は、25年前に来たことがあります。昨年、新潟でスキーを始めるまで、唯一のスキー体験でした。



帰路、立ち寄った米山サービスエリア(柏崎市)のレストランで食べたのが、カニ汁と鯖寿司。どちらも300円で、とても美味。

2007/02/03

ロマーノ・レヴィ(Romano Levi)







銀座のバーにグラッパのRomano Leviが5本ありました。ラベルは1本ごとに手書きだそうです。色とアルコール度数も1本ごとに違います。さすが手作り。

2007/01/28

酒蔵訪問、住乃井酒造



長岡の住乃井酒造という酒蔵を訪問し、その後、寺泊の番屋(漁師小屋)で鮟鱇(あんこう)鍋をいただきました。個性的な日本酒と、豪快な漁師鍋を堪能。

食事には、住乃井酒造のご当主と常務さんが同席して、酒造りを熱く語ってくれました。ご当主は微生物研究者にして文人、常務さんは見事な呑兵衛。面白いコンビです。「山廃仕込み」についてはウェブサイトのご当主の説明をどうぞ。日本酒造りにコウジカビと酵母菌という2つの微生物が関わることは知っていましたが、もう一つ、乳酸菌が重要な役割を果たすことを初めて知りました。

今回、印象に残ったのは、味醂と古酒。

ほんものの味醂がこんなおいしいものだとは!合成モノとは別の次元にあります。そして、古酒。とくに「古韻」という製品は、シングルモルトもかくやという複雑にして精妙な味わい。

新潟の酒を表すクリシェ「淡麗辛口」とは対極にあります。すばらしい。

P.S.
ご当主は、バイオで有名な某化粧品の開発に携わっていたそうです。

2007/01/27

わかぶな高原スキー場



関川村の「わかぶな高原スキー場」に行ってきました。

途中、新発田市の「ニノックス(二王子スノーパーク)」と胎内市の「胎内スキー場」に寄って様子を見ました。前者は雨がびしゃびしゃ降っていてクルマから降りる気がせず、後者は雪が少なくて閉鎖されていました。ウェブサイトの写真のとおり、ゲレンデには土が見えています。

わかぶな高原にたどり着いたのは午後2時。それから4時過ぎまで滑りました。年寄りにはちょうどいいくらいです。

自宅までの帰路の所要時間は1時間半ほどでした。

2007/01/20

八海山スキー場

八海山スキー場に行ってきました。今シーズンの初滑りです。

このスキー場は、標高差771メートルのロープウェイを中心にゲレンデが設定されています。なにより眺望が素晴らしい。

晴天に恵まれ、魚沼地域から、蒲原平野、さらにははるかに日本海までが見渡せました。

スキーそのものは、中年で始めたのでなかなか上達しません。せっかくの眺望も、滑走中は観る余裕もなし。

2007/01/14

天国に近づいた日曜の午後

今朝は冬の新潟には珍しく晴れていました。 これさいわいと自転車で出かけようとした矢先にばらばらと降り出した霰(あられ)。仕方なく自転車をあきらめ、数キロ離れた公立のスポーツセンターに出かけました。

ところが、スポーツセンターの付近は見事なお天気。エアロバイクを1時間踏み込み、いろいろなトレーニングマシンを試している間もずっとお天気です。やられました。

エアロバイクは耳にセンサーをつけて心拍数をキープするコースを選びました。設定した心拍数に達したあと自動的に負荷が緩み、心拍が下がります。ところが、それからどんなに頑張ってもマシンに表示される心拍数が上がりません。ぐいぐい踏み込み続け、息も絶え絶えになってしばらくすると、とつぜん心拍数190近くが表示されました。これは、自分の年齢では危険な領域です。しっかりしてくれ、エアロバイク。天国に近づいた気分でした。

スポーツセンターを出てから、角田浜近くのワイナリー兼ピザ屋「fermier」で、昼食とおやつを食しました。おいしいピザとケーキ。エアロバイクで消費した以上に食べました。まさに、食うために走るのであります。

2007/01/13

半日臥せる

今日は朝から昼過ぎまで臥せっていました。下痢に吐き気に頭痛。 症状はノロウィルスと同じです。しかしながら、原因はただの二日酔いでありました。夕方には寺泊の温泉施設「太古の湯」で暖まり、食欲もすっかり復活しました。

昨夜は6時過ぎから8時間くらい騒いでいました。今朝は苦しかったけど、昨夜は面白かった。これに懲りたりはしません。

2007/01/11

訂正:新潟のスキー場は営業しています

訂正です。新潟のスキー場は、今シーズン営業予定60スキー場のうち、49スキー場が営業しています(1月5日現在)。風雪、ならぬ、風説を流布してしまいました。でも、1時間くらいで行けるところはやってないんですよね。遠くだとちょっと億劫。

新春の知らせ

前の勤務先の人が亡くなったという知らせを聞きました。まだ現役で、60歳代前半だったはずです。

思えば、父親は65歳、父親の弟も65歳、 義父は58歳で、それぞれ亡くなりました。息子は6歳でしたが。

自分はこの1月で45歳になります。父方の祖父はこの年齢で亡くなっています。父親の65歳にしたってあと20年。20年前のことがそれほど昔に感じられないのだから、この先20年なんてあっという間のことでしょう。そして、義父の年齢だったらあと13年、息子ならマイナス39年ですか。

いつ身罷っても悔いが残らないように生きる、などというのは、難しいこと。せめては、いま生きていること自体が僥倖なのだと、ときどきは思い出したいものです。

さて、今年は暖冬です。新潟県内のスキー場も3〜4割程度しかオープンしていません。せっかく去年から始めたスキーを体が忘れないうちに繰り出さなくては。

2006/12/26

鴨鍋会

鴨鍋を食べてきました。

勤務先の知人が鴨肉を独自ルートで入手し、それを居酒屋に持ち込んで鍋にしてもらいました。これがすこぶる美味。

いっぱんに鴨肉は生臭いと言われるそうです。それに対して、と、くだんの知人は力説します。

まず、この鴨は網で捕っているから内臓が傷んでいない。散弾銃で撃ち落としたヤツは内臓が傷んできてそこから生臭くなってしまう。

そして、この鴨は田んぼの真ん中で捕っているから米を食っている。海の近くの鴨は海藻を食っていてこれまた生臭くなる。

したがって、この鴨に臭みはなく、濃厚な味を堪能できるのである、と。

たしかに、仰せのとおりの濃い味わいで、だし汁がとても美味でした。当方、病がまだ癒えず、肉片は数切れしか口にできませんでしたが、だし汁で豆腐や野菜をせっせと食べました。

ちなみに、この鴨が捕獲されたのは、旧東潟村です(現在は新潟市)。新幹線で三条から終点の新潟に向かう間に見える、あたりいちめん田んぼの地域です。田んぼの片隅に猟師が籠もるコンクリの小屋が設置されていて、解禁日は夜のうちから猟師たちがこの小屋に籠もり、解禁時間の朝、一斉に網を携えて鴨獲りに飛び出るのだとか。想像するだけでも面白い光景ですね。

2006/12/24

野呂圭介

野呂圭介といえば「元祖どっきりカメラ」の赤ヘルメットにプラカードの男。

なんていう古い話はともかく、この週末はノロウィルスらしい症状に見舞われ(嘔吐、下痢)、土日ともほとんど寝込んでしまいました。クリスマスイブの夕食はオカユです。

ちなみに、野呂圭介は陶芸家になってるんですね。
http://homepage2.nifty.com/YOKOCHAN/kitusaten1.html
http://www.e-kazenomori.com/topix/detail.htm

ノロウィルスが流行したおかげで思い出した人が多いことでしょう。

2006/12/18

新潟東港のタイ料理屋

日曜日にタイ料理屋に行ってきました。新潟東港のポートセンターという県有施設の2階にあります。

見かけはご覧のとおりのしょぼさ。その割には、パクチーもナンプラーも出し惜しみしないおいしいタイ料理でした。

新潟東港は、港湾につながるぶっとい道路が目立つ殺風景な地域です。路上を自転車で行き交う人は、よーっく見るとほとんどがロシア人。そう、ここはロシア向け中古車取引の中心地なのです。近隣の中古車ディーラーはイラン人が多いと聞いたことがあります。

ポートセンターは休憩所と会議室がセットになっている不思議な施設で、今月中に廃止の予定。タイ料理屋は別のところで再開するそうです。

聖籠町は、東港と東北電力の火力発電所を抱えていて堅実な財政を誇ります。新潟県内では、東京電力の柏崎・刈羽原子力発電所がある刈羽村も財政が豊かです。

ポートセンターでタイ料理を食したあと、聖籠町のざぶーんという温泉施設に行ってきました。お湯は地下から汲み上げています。かすかに茶色でヨードの香りがする、塩辛い個性的なお湯です。お風呂ではロシア人を2人見かけました。さすが、国際的な新潟です。

2006/12/11

冬季到来

スキー場の営業が始まっています。新潟市内も本格的な冬を迎えつつあります。

先週日曜日の信濃川河川敷です。雪がうっすら積もっています。
これは昨日の日本海。彼方に佐渡島が見えます。演歌が似合う風景です。
ちなみに、今日は珍しく一日中晴れていました。寒いといっても去年の12月ほどではありません。思えば去年は寒かった!1月、2月が生ぬるく思えるほどでした。

Garmin Edge800を新調

5年間の酷使で満身創痍のGarmin Edge305。ついに、Edge800の導入に至りました。 楽しい選択で迷ったのは他社のサイコンではなく、iPhone。Bluetooth接続の スピード/ケイデンス・センサー や、 心拍センサー を導入して、 Cyclemeter な...